5.平成7年〜平成10年

平成7年、前年からの破竹の勢いで2部昇格を果たし注目を浴びた。しかし、この年に待ち
受けていたのはリーグ再編成と言うものであった。今まで2部は7チーム1ブロックで4ブロ
ック制(28チーム)となっていた。これを8チーム1ブロックで2ブロック制(16チーム)
へ平成7年の結果で再編成する仕組みである(3部以下はエリアリーグとなる)。 正に、2部
の上位校にならなければ(4位まで)降格に等しい結果となるのである。
各校必死の中、接線
をものにしたブルーライオンズは新2部残留を果たした。この結果の背景には東工大との死闘
(ラスト数秒の逆転TD)や膝の靭帯を切ってのエースQB橋本要(22期)と、病から復活
したRB森脇君(22期)との感動のTD等、数々のドラマがあった。
平成8年は3年生QB寺田を擁し、3部時代に鍛えたメンバーの活躍で優勝した。入替戦は
筑波大に惜敗し、2部残留となるも、今後のモラルのベースとなる年となった。
翌年、翌々年は怪我人が続出した。特に平成10年はリーグ戦前半からのQB中川(25期)
TE寺田(25期)の負傷大きく、入替戦は強豪・新潟大に惜敗し、エリア降格を強いられた。
この頃よりフットボール人口が激減し始め、各大学とも勧誘に苦戦する状況となり、我が校も
含めた2部下位校は、選手層の薄さが深刻化し始める時代に突入していった。